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『 意 志  ( ぎ ょ う こ ) 』

 僕が右眼を失ったのは10歳になる年の秋だった


 事故にあったわけでもなければ、だれか悪童にやられたわけでもない。我が一族 一千年来の掟に従ってのことだ。
 僕の家系の長子は、満十歳を迎える年の秋分の中日、その片眼を “自らの分身” に捧げなければならない。男子であれば右眼を、女子であれば左眼を……。じじつ僕の父親は右眼がないし、父方の祖母は左眼がなかった。そして、比較てき長命な家系ゆえ 僕が5歳になるまで健在だった曾祖父は、やはり片眼だったという記憶がにだが、ある……。


 どうやって眼を取り出すのか、って?
 それは秘伝だから教えるわけにはいかない。……とにかく、一連の厳密な手順にしたがって片眼を慎重に摘出するのだ。ただ、想像力が豊かすぎる人のためにこれだけは述べておいたほうがいいだろう  その全課程をつうじて痛みは全く感じなかった……。代々つたわるその技術は、まさに秘術と呼べるほど高度なものなのだ。






 ついでに付け加えておけば、「秘中の家法」 だとか 「長子10歳の秋分」 などといった話を聞いて、なにか通過儀礼的な秘め事や、あるいは大げさな祝い事を思い浮かべる人がいるかもしれないが、どちらも全くの見当違いだ。山奥に何日間も籠もって密儀を執り行なうわけでも、親類眷族が一堂に会して宴を張るわけでもなく、ただ前世代の長子 〔僕の場合は父〕 が屋敷の離れにある作業室で静かに、だが的確にの処置を施すだけなのである。ちょうど一昼夜で完了したその施術に 儀式めいたところは微塵もなかった……。


 なぜ10歳なのか、については伝えられていない。……というか、分厚い家法帳にも諸説のっていてはっきりしない。
 だが聞くところによれば、人体の器官の中でも眼球はその衰えが最も早く、10歳をピークに視力は減退する一方だという……。この符合を僕なりに解釈すると、およそ次のようなことになるだろう   -


 視力を失う時点での子供の片眼は、その最高機能を発揮している。簡単に言えば、最もよく物が見えているということだ。 それを突然うしなうのだから、施術前後の知覚格差は、ほかの年齢での失明と比べ、まさに極大となる。
 ある知覚が完全に失われたとき、他の知覚器官が補助的に発達するのは、生き物として当然の身体作用だろう。普通は耳がすごく鋭くなる。むかし盲目で聴覚が異常に研ぎ澄まされ、まるで見えているかのように周りの物事を感じとれる大叔母がいた 〔我が家系には視覚障害者が非常に多い〕。しかも眼のように視界が限られているわけではないから、全方位の事物をなく捉えることができた。もっとも、嗅覚や皮膚感覚なども常人よりずっと感度が増していただろうとは思う……。


 でもそれは全盲者の場合だ。僕らにはまだ反対側の眼が無傷で残っているのだから……。
 隻眼だと距離感がつかみにくいとされているが、慣れればなんの支障も感じなくなるものだ。たぶん僕の左眼に映っている世界は、常人たちが両眼で見ているものと変わらないだろう。施術後2年と経たない小学生高学年の頃でさえ、もう僕は飛んでくるボールを素手で受け止められるようになっていた。
 では、何故わざわざ片眼を無くしたりするのか……?
 それは、匂い空気振動など全身が受け取る知覚 ・体感情報を、すべて視覚映像に統合するためなのだ。


 半界を失った僕らは、ただ立体視の習得だけに努めるのではない。その訓練の一方で積極的に瞑目し、脳裏に浮かぶ知覚印象通常の視覚映像へと近づけていくのである。家法では、片眼の開閉を繰り返すその間隔や時間配分などが、当人の練達状況に応じて克明に定められている。数十世代に渡る人間たちの実体験に裏付けられた指導法を着実に踏んでいくうちに、やがてその全方面心像は、色彩を伴った  ここが生れ付きの、あるいは長年の全盲者との大きな違いだ  完璧なものとなる……。
 ところが、まだそれは第2課程の修了に過ぎないのである……。




 教えに忠実でありさえすれば、たとえ感度に恵まれない子供であっても、成人する頃  時代時代で年齢に多少のずれはあったはずだが  までには最終課目をものにすることができる、と伝えられている。僕はどちらかというと遅いほうだったが、それでも16歳の誕生月を待たずして全課程を終えていた。
 伝来の家業を継ぐための最終課目……。もう感づいた人もいるかもしれないが、だんだんと、物理的には存在しないはずのものが、見えるようになるのだ。
 といっても、幽霊 ・亡霊のたぐいではない。継承者の資質によってはそれに近いものが現われることもあるらしいが、務めを執るに相応しい知覚状態ではない、と 昔から戒められているそうだ 〔家宝の中にはそれを調製するための処方書まであるという〕。幸いにも僕は一度も見たことがない。


 “現実には存在しないもの” には二通りある。ひとつは、間近にいる人間の心理状態に純粋に由来するもの……。もう一つは、その人の過去や未来に関わるものだ。
 人心の有様にも二つの異なった層がある。一つめは、接した時点での表層意識状態だ。 とはいっても、その人が考えたり思い浮かべたりしている物事や、人知れず内奥に秘めている欲望などが、具体的な情景映像として見えるわけではない。言葉にするのは難しいが、色つやだとか粘り気、それから固さや鋭さなど、いくつかの性質が重なって心像を形作っているのである。
 もう一つの層は、本人も自覚していないくらい深いところにある潜在個性のようなもの……。そして、この 他人の生い立ちと行く末に関する映像のほうはとても奇妙なものなのだ。 それまで過ごしてきた・これから辿っていく一個人の全生涯が、長く連なっていながら一箇所にまとまっているような……なんと言うか、身がぎっしり詰まっているけれど一層だけしかないタマネギのような人形として心眼に映るのである。おまけに未来方向には節々に幾つかの “枝分かれ” まであると来た……。それはそれは複雑きわまりないものなのである。




 そろそろ僕らの家業がどういう類のものなのか見当がつくだろうと思う。今風にいえば、メンタル・カウンセラー運命鑑定士を兼ねたような職業……。大抵の人なら占い師と見なすかもしれないが、厳密には占術ではない。見えたとおりのものをくわけだから、僕個人の感覚からすれば、むしろ巫術に近いと思っている。入神状態とは無縁の、きわめて冷静な巫術だ
 巫女といえばふつう女性だが、我が家系は男女の区別なくこの天職に携わってきた。血筋そのものがこの仕事に向いているのだろう。さらには、10歳時に行なわれる片眼の摘出が、男女それぞれの特性を寄り合わせて、系統としてのばらつきを最小限に抑えている。女子は左眼を、男子は右眼を犠牲にするという伝統は、呪術的な行為の名残などではなく、たぶん身体心理学的にとても重要な意味を持っているのだ。


 ここからは僕の解釈になる。過去の家法帳に記されているわけではない。いずれ僕自身がその末尾に付け加えるべき、この時代の言葉で表わした解釈……。
 右脳は感性の、左脳は知性の担い手だとされている。そして一般的に、女性は感性に優れ、男性は知性に長けていると言われる……。全ての個人を完全に類型化することは間違いだろうが、子を産む性と産まぬ性という、哺乳動物として元々もっている生理的な違いは否定できないと思う。
 そこで女子の左眼、および男子の右眼という秘伝の意味が、俄然あきらかになってくる。どちらの場合も、その子供が本らい得意とされる側とは別の一面なのである。そしてそちら側の視覚を失うことによって、さっきも述べたように、正しい修練しだいでは逆にその潜在能力を引き出すことができるのだ。
 女子は知性 〔男〕 の眼を、男子は感性 〔女〕 の眼を犠牲にする……。
 “自らの分身に捧げる” という代々つかわれてきた表現は、実に深い言葉なのだと この歳になって実感する。




 ……こんなことを自らの母国語で記す気になったのは、今からちょうど28年前のことが思い出されてならないからだ。
 明日は秋分……。
 こよい真夜中から一昼夜かけて、今年でちょうど10歳になる娘の左眼を、我が一族の伝統に則って、僕みずからの手で “無きもの” にする。その技法は丸1年を費やしてしっかりと学んできた。施術はきっとうまくいくだろう。


 僕ら一家はいま異国にいる。娘が生まれた直後に大陸へ渡ってきたのだ。長子の片眼を奪うなどという行為は、現在の母国では間違いなく児童虐待の罪になるだろう。28年前はまだあの国も緩やかだった……。故国で10歳の秋分を迎えるのは僕の代で終わりだ。
 異国の空の下でもなんとかやっていけている。自分の運勢を知りたい という欲求は人類共通のものだからだ。言葉の問題は初めあったが、視覚言語の強みを活かした工夫で乗り切ることができた。近頃は、隣り村の集会所に壁画を描くことを依頼されるほど、のほうも達者だ。


 いま住んでいる区域にはいろいろな民族が混在している。異国育ちの上に、もともと勘のいい娘は外国語に通じるのも早い。すでにもう十指に余るほどのバイリンガルなのだ。やがて彼女の代になった頃、我が家系にも新たな歴史が刻まれていくことだろう。


 さあ、もう夜も遅くなった。施術の準備に取りかからなければ………








    2008. 11. 11 続


* 当シリーズは全くのフィクションです。作中で描かれている知覚状態が、すべて筆者 妄想の産物に他ならないということに、どうぞご注意ください。



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Minr Kamti / 亀谷 稔

Minr Kamti / 亀谷 稔

1961年生まれ。
武蔵野美大卒。
建築プレゼンテーション・調理・知的障害者たちの陶芸制作活動補助、といった職を経た後に、2006年7月より創作活動に専念している微細画家 。2007年1月、銀座 - あかね画廊にて初個展。
今現在('08年4月)の描法は、かつて伐採予定地などで行なっていた舞踏を応用した自動筆記法である。
   著書 『全一の展開
         末端の必然』

             奥付より

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