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誇大妄想展開領域

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さわれない音をみる (2)

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『 沈 黙  ( こ ち ら )  と 視 線  ( あ ち ら ) 』

 わたくしが左のまなこを無くしましたのは、数えで十一になるとしの秋彼岸のこと……。


 ひでり続きの年でしたゆえに、いのちをなくした人も数しれず片目くらいで済んだなら、まだしもと思われましょう。
 たび重なるに疫病 ・大火で京のまちは荒れて、いまだ焼けくずれた家々ばかりと聞いておりましたし、奈良の都にも何処とも知れぬ土地から流れてきたが少なからぬ、とのことでございました。
 しかれども、ここ明日香のむらはいたって平和で、たしか穫り入れも彼岸会もつつがなく行なわれた憶えがございます。


 村方とはいささか離れた、里山にごく近いところにありましたわたくしの家でも、お萩がわりの粟餅御巌へお供えしたものでした。裏山から半里いったその大岩は、お家にとりましてに当たります。


 わたくしのひだり目もそこへ捧げられました












 お家は代々のよみ 〔様見 ・読み〕 でして、わたくしはその世継ぎにございます。しきたりどおり、先代であります母様御業を執り行なってくださいました。夢とうつつのはざまにありました一夜一日、ずっと母様の唄が遠くできこえていたように思います。


 言い伝えによりますと、男親に御業を施してもらった女児が、世継ぎの中でもいちばん見立てに長けているとのことでございます。たしかに、お祖父様にひだり目を除いてもらった母様は、いと優れたよみ であられました。しかれども、なんじの底ぢからは並はずれたもの、と わたくしはよく母様に言われておりました。まことか否かは分かりませぬ。ほかに比ぶべき人を存じませぬから……。


 いまだ幼き頃から、二目を閉じますると色いろなものが見えました……それは たしかでございます。だれに教わったわけでもありませぬのに、もの心ついた頃にはもう べつの有りさまは、わたくしにとって馴染みのものになっておりました。それを見ることが楽しくてなりませんでした……。血筋というものでございましょう。あまりにもたびたび、また長いこと目をつむっているものですから、かって知ったる家のなかや庭先など、まるで見ずとも歩くことがかないました。それゆえ、日頃からほとんど×××に等しき子供だったのでございます。


 べつの有りさまと夢見とは、いまだ分け隔てを習い覚えていない幼子にとって、まさに紙一重のものでございましょう。それゆえ彩なる影かたちに夢中になっているうちに、いつしかそれがまことの夢へと移ろい、そのまま寝入ってしまうということもしばしばでございました。家の大人たちからはよく、なんじは夢見をしながら歩ける器用ものだと笑われました。




 御業を施していただく四つ歳ほど前の頃でしたか、例のごとく べつの有りさまをうかがっているうちに、その見映えがいつもとはか異なっているということに気づいたことがございました。ふだんでしたら開けた目に映る景色にさまざまな色がからみついているように見えるだけのところが、そのときに限っては、まるで見たこともない異形の群れが辺りいったいにいていたのでございます。幼子のこととて当時さような言葉を知りませぬのでしたが、いわば魑魅魍魎とでも申すべきものどもが……。
 おまけに、なんと、二目を開きましても その怪しき姿かたちは消えてくれぬのです。生まれて初めて胸におぼえた怖いという想いを、決して忘れることはできませぬ。
 おもわず大声で助けを求めました。たまたま近くにおられた父様が、わたくしの向かいにかれ、しきりと話しかけながら、わたくしの両こめかみをさすられました。そして斯様におっしゃったのです   -


 とうさまの顔をはっきり思い出して目に浮かべよ、と……。
 はじめは恐ろしき異形の群れが、相も変わらずわたくしの周りを飛びかっているだけでございましたが、しだいしだいに薄れてゆくと、代りにまことの景色が表に浮かび上がってきて、ついには父様の顔がはっきりして参りました。まったくの現世にかえったとき 心そこから安堵したことを、今でもはっきりと思い出します。


 さような危うきことがありましたためか、わたくしは御業を施していただくよりもずいぶん前に、早くも よみとなるための習い事を始めました。家伝 覚書きによりますれば異例のことではあったそうですが、わたくしの行く末を心配なされた母様の思し召しで、さように計らわれたのでございます。
 それゆえわたくしにとりましては、御業の前と後とで日々の暮らしが大きく変わったということはございませんでした……。




 今まぶたに浮かびますのは、昨今のわたくしが御務めの際に見るべつの有りさまとはまた趣を異にする、色いろと不思議な光景でございます。
 さすがに魑魅魍魎に脅かされるというようなことはあれきり二度とございませんでしたが、周りにおる人びとや生きもの、そして古い道具や建物などは、かれらにわりつくかのごとく、それ自らの思惑をいだいた鳥もしくは××××のようなものたちを、決まって伴っていたのでございます。
 俗に 「憑きもの」 と云われますものは、わたくしの見ますところ、このでありましょう。それは狐狸であるとは限りません。いま申し上げましたとおり、鳥のようなものもおりましたし、なにか得体の知れぬ生きものであることもございました。


 あるとき 明日香のむらに出むきました折、その途上でちょうど野良仕事をしていたお百姓の背では、蜻蛉のように透き通った大蛇が一匹とぐろを巻き、二つある頭どうしで咬み合いをやっておりました
 むらの外れにありました大きな御屋敷の屋根には、いつも夕暮れの入道雲のごときものが居座っていて、ところどころに生やした蚯蚓のような指を幾本も、にょろにょろと不気味にかせておりました 〔のちにその御屋敷は火事にあい、一族郎党全員が焼け死んだそうでございます〕。


 お家の奥の間に納められていた品々にも、それぞれ物のがついておりました。
 むかし御業を施すときに敷いたという菱形のには百いくつものまなこ……。いかなる道具なのか伝わっておりませぬ縦長 ・三つ脚の七分岐楯には、猛々しき三つ目鹿頭……。


 なかでも殊にわたくしの気をひきましたのは、家伝の覚書きでございました。ご先祖代々五百年来の覚書きが溜まりに溜まった文書集とて、黄ばみようも痛み様もそれぞれえた幾百幾十の巻物でございましたが、皆がみな淡い人形を伴っておりました。
 全てが四六時中いっしょに現われていたわけではございません。ある巻物のそばに、くすぶった油火のごとき仄かなる色合いの小さな人形が、まるで何ごとか一心に思案するかのようんでいたかと思うと、なんの前触れもなしにかき消えたり、やや離れたところにあった別の巻物の陰にまた、先ほどとは違う色合いを帯びた人形がふいに現われたり……といった具合でございました。いっぺんに見えていた人形の数は……さようでございますね、多くても二十に満たなかったのではございますまいか……。
 人形とは申しましても、まことの人にあらずして、衣も付けておりませぬし、どちらかというと猩々に相似たものたちでございました。よくよく心眼をこらして見ると、それらはいづれも片目……左か右のまなこが無いということが分かりました。


 らかにするわけには参りませぬが、母様や父様にも物の怪はついておりました。しかれどもそれらは、決しておぞましきものにあらずして、御二方のお人柄が偲ばれるような、いとも妙なるとでも申すべきものでございました。心根の曖昧な人たちがいだく異形の物の怪らとは違い、このうつつに生きる森の××××たちのうちに似姿を探せるほど、確たる形と力をもって立ちあらわれていたのでございました。


 ほんに解せぬことながら、わたくし自らの物の怪だけは結局みることがかないませんでした。それはいまの御務めでも同じこと……。いまだかつてわたくしは、私事に関するべつの有りさまを垣間見られたがございません。


 かように拙きふみをくどくど綴って参りましたのは、幾とせも昔に忘れ去っておりました幼き頃のもの事を、昨今ありありと思い出すようになったからでございます。
 わたくしには数えで七つになる孫娘がひとり……。
 色いろと不思議な光景にたぶらかされていたあの頃のわたくしと同じように、どうやらあの子にも見えているらしいのでございます……。


 かつて母様が異例の計らいとして事を運びましたごとく、あの子も早、よみとなるための習いを始めるにくことはございますまい。しかれども当代の世継ぎ、すなわち我が長男にしてあの子の父は……否、けっして愚かなわけではございませぬが……なんせ物の怪の類とは無縁の生い立ちを過ごしましたゆえに………。
 先代があれこれ口を挟むは差し出がましきこと   家訓にもそうございます。


 明後日は冬至の夜明け方、当代の世継ぎは代々の指南書を順繰りにおさめた長櫃を開けるのが、いつの頃からとも知られぬ当家のしきたりでございます。長櫃は脇手両側から開けられるようになっておりますが、片方を開くともう一方が固く施錠されるからくりでございます。どちらが初代の側なのか、見た目だけでは判じられませぬ。よみの力量、そして底ぢからが試されます……。
 今宵わたくしはこのふみを、先々代に当たられる母様がめられた最後の指南書のとなりに、横ぶたと櫃のはざまから差し入れる所存にございます。


 斯様なふみを、あろうことか指南書の櫃に忍び込ませるとは、異例の所行でございましょうか……?
 いえいえ、二十と二とせ前にわたくしが自らの右目で しかと見て知っております   指南書とは、表の覚書きには記すことのできぬ、ごくごく隠密なる物事を伝えていくための、うまくできたからくりなのだということを……。


 櫃の端から端まで読みとおすのに丸々ふた年を要しました。


 我が子は一体どちらの側を開くことになるでしょうか………




* 収録年代が一千年に渡る原書の各文書はそれぞれの当代語で記されており、ここに抄出したのはその現代語訳である。なお原文中にある一部 不適切な表現については伏せ字で示し、ルビでもってその意味を表記した。





    2008. 11. 19 休




冒頭 イメージ画像の周辺 ●『非在世界 Ⅲ』展 出品作群





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Minr Kamti / 亀谷 稔

Minr Kamti / 亀谷 稔

1961年生まれ。
武蔵野美大卒。
建築プレゼンテーション・調理・知的障害者たちの陶芸制作活動補助、といった職を経た後に、2006年7月より創作活動に専念している微細画家 。2007年1月、銀座 - あかね画廊にて初個展。
今現在('08年4月)の描法は、かつて伐採予定地などで行なっていた舞踏を応用した自動筆記法である。
   著書 『全一の展開
         末端の必然』

             奥付より

* オフィシャルサイトにて本の内容をご紹介しております。購入のご決断をされる前に ぜひこちらをどうぞ……。

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